周船寺とは、面白い地名ですが、この地名の古くは「主船司」と書かれていたようです。(※注)主船司とはどういう意味でしょうか?奈良時代の養老職人令には、太宰府の官人機構で主船一人が船舵の修理の職務を担当していたと書かれています。その主船の職務を司る役所が「主船司」です。奈良時代になると、鴻臚舘を中心とした貿易が盛んになり、大型の船が航行するようになりました。当時の周船寺は、波穏やかな入江でした。鴻臚舘からも近く、天然の良港であるこの地に船の修理場として主船司が置かれたのでしょう。今は、その主船司の場所は特定できませんが、近い将来には、その遺構が発見されるものと期待されています。
 周船寺の南側山麓には、数基の前方後円墳が残っています。みな、海を見下ろす高台にあり、その偉容を海外から来訪者に誇示するような造りです。この古墳や主や子孫達が、貿易や船の修理に携わったのでしょうか。
 入江も後に干拓されて農地に変わり、また区画整理により宅地へと変わりました。しかし、この周船寺の地が古代日本国家の発展の為に大きな役割を担った地であったことは忘れてはなりません。

(※注)太宰府政庁のあった頃、糸島水道で主船司という(アジアの窓口としての)役所があり、官船を繋留した所により地名となった。延喜式(927年)記載による。

ブランドマークの制作意図
水・生命の源・歴史(勾玉)・和み・手づくりをイメージしました。字体は、モダン・和・シンプル・アートをイメージしました。古典的な背景と現代風のロゴとの組み合わせで、時間(過去、今、未来)をイメージし、調和のとれた、新しい周船寺の『街の商標』として、皆様にご愛顧いただける、ブランドを目指していきます。

※マークの色のパターンは農産・生産物に見合った色で、柔軟に展開させ対応していきます。